穀物がナチュラルな状態

穀物がナチュラルな状態

穀物というのは、植物の種の部分にあたります。ですから、米でも麦でも大地にまけば芽を出し、植物として成長していきます。種というのは、次世代に命をつなぐタイムカプセルのようなものです。 一九五一年に偶然二千年前の地層から三粒の古代蓮の種が発見され、それをまいたところ、ちゃんと芽が出て、古代蓮の栽培に成功したという話は有名ですが、このように保存状態さえよければ、何年どころか、何百年でも何千年でも、種は「命」を保持しつづけることができるようになっているのです。しかし、その「命のタイムカプセル」である種も、皮をむいてしまうと芽は出なくなってしまいます。これは皮をむくことによつて「命」が損なわれてしまうからです。玄米は土にまいたり水につけておくと芽が出ます。でも、精製した白米が芽を出すことはありません。私が「未精白穀物」を主食とする意味はここにあります。もう一度繰り返しますが、命を養うことができるのは命だけです。

 

野菜も果物もエンザイムは豊富ですが、栄養価にはかなりばらつきがあるうえ、 一年を通してつねに新鮮なものを必要量確保することはかんたんではありません。それに対し穀物は、収穫は年に一度しかありませんが、命を保持したまま長期保存ができるので、安定供給が可能です。

 

文明発祥以来、人間が穀物を栽培し、主食としてきたのには、ちゃんと意味があるのです。それは、穀物がすべての食べ物のなかでもっとも効率よく、そして安定して「命」を摂取することができるものだからなのです。現在の栄養学では、米や麦など主食とされる穀物にリジンなどの必須アミノ酸が不足しているため、肉や乳製品を摂って補わなければならないといわれていますが、必須アミノ酸の摂取が目的であれば、必ずしも動物性タンパクにこだわる必要はありません。日本人ならお米、西洋の方なら麦を中心に、さまざまな副穀物(雑穀類)を混ぜて摂れば、主食だけでも必須アミノ酸をすべて摂ることができます食の基本は、「命」をいただくこと。だからこそ、米、麦、副穀物(ひえ、あわ、きび、そば、キヌアなどの雑穀類)などの「穀物」を中心とした食事をすることが必要なのです。

 

しかしそれは、穀物がナチュラルな状態にある場合のことです。芽を出す力を失った精白穀物に命を養う力はありません。未精白穀物である玄米と精白穀物である白米の違いを見てみましょう。玄米というのは、もみ殻を外しただけのお米です。それに対し白米は、もみ殻に加え、表皮(ぬか)と胚芽まで取り除いたものです。つまり、自米というのは、種のなかでも、発芽。成長に必要な養分の貯蔵庫である「胚乳」の部分だけを取り出したものなのです。成長に必要な養分がそつくり残されているのなら、それで充分だと思うかもしれませんが、それは違います。